「学歴無用論は、学歴社会を温存するためのガス抜きのイデオロギーにすぎない」などと過激なことを言ったりしている。この立場からすると、受験をめぐる議論(その他の教育問題も同じだが)は、その両極が本当の意味で向き合わずにタテマエとホンネの二重構造の中に納まってしまっていることが問題である。受験をめぐる議論は調べればわかるが、戦前から同じような議論をタラタラと繰り返しており、本質的なところでは少しも進歩がない。それは、受験をめぐる議論がタテマエかホンネのいずれかに吸収されてしまって、弁証法的な止揚が生じないためである。もうひとつつけ加えると、こうした二重構造の中では必ずホンネが勝利する、ということである。中教審のお偉い先生方が何を言おうと世の「識者」がマスコミでどのように傲慢なことを言おうと、サイレソトマジョリティーが何を選択しているかは受験産業の興行ぶりを見れば明らかである。