意味の範囲がひじょうに狭くなってくる

2011-08-12

注意しなければならないのは、言葉は、それが私たちの生活に密着しているものの場合は、意味の範囲がひじょうに狭くなってくるということです。たとえば、riceという言葉です。この言葉を英和辞典で引いてみると「米」「稲」「ご飯」「米粒」と出ています。すなわち、英語ではたったの一言で、それらの意味をすべて表わしているのです。ところが、日本では、それらの意味はすべて違います。たとえば、「米」「ご飯」では、「ご飯」は炊いてあるものですが、「米」はそのままでは食べられません。「飯」というのは男性が使う言い方で、いくら活発な女性でも「さあ、飯にしようや」などとはいいません。ところが、英語では、それらは一括してですから、かなりニュアンスにずれが出てくることになります。